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2008-06-24(Tue)

健康な精神は

やっぱり健康な体に宿りますねぇ。

先週は全くやる気が出ない~、というか調子が悪い!って感じでしたが、今日は結構復活してる感あり。
天気がいいってことも関係しているかもしれない。でも、やる気が出てきてる。
先週は、だるいぃー、何にもしたくないぃー。だったので。
正直友達にメールもかったるいくらいで。(もともとメールあんまりしないけど)今日は久しぶりにだらだらながらも庭仕事を。
調子が悪かった先週は「なんだかだらだら汗も出てべたついて気持ち悪いし、やる気なし~」だったけど、体を動かして汗をかくと「体が軽くなって気持ちいい~」って感じ。軽い疲労感もいい感じ♪
何にもしないのに「だるーい」が口癖になってたのがウソみたいな。
ほんと、もしかして一生こんなにやる気のない私なのかな?と不安になってみたけど、取り越し苦労だったみたい。ま、基本だらっと派なので、のんびりまったり生きてるんだけど。

080624サトイモ←サトイモの葉っぱってかわいい。秋の収穫が楽しみ。

こうやって、徐々に体から悪い物が抜けてまた元気になっていくんだなぁ、私。
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2008-07-01(Tue)

一生涯女

よく私はこの先変化することが無いんだなーと思う。
母親になることもおばあちゃんになることも無い。
その代わり、この先の長い人生、絶対一生女なのである。
子宮が無くたって、卵巣が無くたってそれは変わることがない。

20歳から5年かけての30kg減量を始めた辺りからやっと私の女が始まって、何人かと付き合って(164cm70kg台でも彼氏は出来るものです)25歳に結婚。(男性と付き合うことが女と言うわけではないですよ。女を存分に楽しむ気持ちがダイエットをして芽生えてきたと言う感じ)
26歳に初めて派遣社員なり派遣された先の女性に「とんびちゃんはお化粧ちゃんとして!」と言われたときからお化粧の喜びを知る。(彼女がいなかったら、スッピン道邁進してて今頃こんなに回復してなかったかもしれない)
33歳(33歳の誕生日に検査結果が出たようだ)でガン宣告を受けて、かわいいお腹の底とはお別れしてしまったけれど、この先もずうっと女。
淋しいことだけど、出産や育児の喜びを得る事は出来ない。でも、その分自分に手がかけられる。

どうせなら楽しまなくっちゃ、ねー!
2008-07-21(Mon)

式後

ところで、弟の結婚式後は自宅で出席者と近所の人を招いての宴会となるのですが、私出席しませんでした。
お酒が入ってしつこく子供のことを聞かれるのではないかと。結婚後9年たってる上に今回弟がデキ婚なので。

実は、私の病気を知っているのは両親と兄弟、母方の兄弟だけ。
父方の祖父母にはどうしても言えなかった。正直、どう話したらいいのかと。物凄くガッカリされるのが辛かったから。自分勝手ですね。
宴会でみんなに子供のこと、聞かれたら上手くかわせるか自信がない、ダンナも酒が入って他人からそんなことを言われて動揺しないわけがない。そう思って宴会には出ないで近くの日帰り温泉で過ごしました。
全部言えるならいいけれど、お祝いの席で言うことでも無いし、父方の祖父母や叔父にはナイショ。苦肉の策で避難してしまいました

父方の叔父にも話していないのは、もし祖父母に伝わったらと思うと。
術後、叔父からたまたま電話がかかってきて子供の話になって「出来ないと思うよ」と言ったら「そんなこと気にするな、気にしなければ大丈夫だから」と優しく言われたとき、電話越しに泣いてしまった。言ってしまったらいいのに、どうしても言えなかったのです。
そして、あんなに「とんびさん、はやくひ孫の顔を」と言っていた祖母が今回の帰省では何も言わなかった。何か察しているのかもしれないけど、私は何も言えなかった。
ウソついてるのって苦しいものですね。
なかなか出来ないと思っていたときは、なんだかんだと軽口をきいてやり過ごせる私だったけど、流石にウソをつくと涙が出てしまう。どれだけ前向きになったって、まだまだ淋しいと思っているから。

非常に逃げ腰で弱虫なとんびです。でもね、精神的に苦痛だと思うことを避けるのも療養だと思うんです。祖父母にナイショなのは、ほんとに申し訳ないんだけね。
2008-07-24(Thu)

親類周りとか

ところで、私病気発覚からずーっとダンナの叔母や大叔母(祖父の妹)とは会ってなかったのです。
病気がわかってからしばらく病気を知らせなかったのと、大叔母にはナイショにすることにしたから。
私もそうだけど、かわいがってくれたおばあちゃんをガッカリさせるのが忍びなかったのだと思う。

あまりにもご無沙汰だったけど、お土産にままどおるを持ってレッツゴー!ちなみに一人でーす。
叔母さんは夕方しか空いてないとの事で、行って見ると夕飯にサンドイッチを出してくれたりして。
割とズケズケした人なんだけど、やはり病気のことに触れるのは辛いらしく、あまりその話はしませんでした。でも、「どうやって乗り越えられたの?」とは聞かれた~。ま、どうしようもないことに心を裂くのは意味がないのでと言っておきました。まだ悲しいことは忘れられないけどしょうがないと思う、と。ていうか乗り越えるとか乗り越えないとかじゃなくて、自然に任す他ないでっす。でもそのほかのことで楽しむつもりだし。

その後日に大叔母に会いに。とにかく知らないといろいろ言われてしまうかもと周りが気を使ってくれましたが、私の祖母と同じようにそのことに触れることはありませんでした。
ほっとしたような、淋しいようなこの感覚。でも、しょうがないんだよなぁ。

叔母さんがお土産にくれたハムでサラダ。美味しくいただきました。
080724料理  080724サラダ
2008-12-11(Thu)

もう一つの・・・

中学校からの友人宅を訪問。
そしたら素敵なサプライズが。

081213みきもと

み、ミキモトー?そんな気ぃ使うこと無いよ~。

すると友達は「大したもんじゃないよ~、だってさ手術から1年でしょ?もう一つの誕生日みたいなもんじゃない!誕生日と併せて、だよ」と。

わたし、慌ててちゃんとお礼言えなかったな。
「そ、そう言えば、そういう捉え方もあるとか、どっかで読んだかも、あ、ありがと」みたいな。ツンデレか!(違う?)

この友人は子宮体がんのことを一番最初に、というか、手術前に話したのはこの友人にだけでした。
正直言って手術のことは友達には誰にも言えなかったので。
まだ、結婚していないコ、結婚しているコ、妊娠しているコ、子供がいるコ。
どの友達にも当てはまらない。誰に言ったらいいの?泣かれたらどうするの?聞きたくないって言われたら?

そんなときに唯一電話できたのがこの友人でした。
正直言って、友人に子供が生まれてから年賀状くらいの付き合いで、電話も何年ぶりかと言う感じ。
でも、絶対泣いたりしない、どうするの?なんて言わない、そう思ってあの時電話した。
そして、思った通りで、即会いに行ったっけな。
手術前にはお守りを郵送してくれたっけ。

081213紅筆

それにしても、なんてエレガント!ミキモトだけに真珠がついてるー。
こ、これは大事に使わせていただくわ!

が、友人宅は遠い!1時間半以上片道かかるんですー。
この日は山手線に乗っているうちに暑さで汗がだらだら、気持ち悪くなってしまい、友人宅でしばし寝込む。うう、カツラが蒸れるのかな。お恥ずかしい話、新宿駅でリバース・・・。素敵な日だったのに・・・。
お土産に義妹宅で取れた柿を持っていきました。よ、喜んでもらえてよかった・・・。

081213レース

体がんになってから全然編む気になれなかった、レース編みを久しぶりに。
がんばってキチキチに編んでます!
プロフィール

とんび

Author:とんび
2007年10月に子宮体がんかも?byお医者
2007年11月に子宮体がん(ステージ1bG2)であることが正式に判明
セカンドオピニオンを3件まわりましたが、2007年12月に全摘出
2008年1月からの6回の抗がん剤治療終了
2009年1月大腸がん手術、バセドウ病発覚
葛藤もありますが、まったりのんびり今後を模索中です。
家庭菜園や家事など日々の出来事をつづります。

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